2.筋膜性疼痛の治療法

筋膜の治療法には2つあります。
残念ながら、健康保険の適応を受けておらず、自由診療として行われています。

(1)トリガーポイント鍼療法(鍼によるFasciaリリース)

まず一つ目は、トリガーポイント鍼療法と呼ばれる方法で、鍼灸治療で用いる鍼を用いてトリガーポイントを刺激し、身体の治癒反応を発現させることにより筋膜の虚血性病変を改善させます。 我が国では主に鍼灸師さんたちにより20数年前から行われており、実績のある治療法です。

トリガーポイント鍼療法による鎮痛のメカニズム(図2・3)

図2 トリガーポイント鍼療法による鎮痛のメカニズム①
図2 トリガーポイント鍼療法による鎮痛のメカニズム①
図3 トリガーポイント鍼療法による鎮痛のメカニズム②
図3 トリガーポイント鍼療法による鎮痛のメカニズム②

切り傷や打撲などの外傷は、感染が起こらなければ放っておいても治癒しますが、これは傷ついた細胞が自己修復能力を持っているからです。細胞が自己修復を行うためには、たくさんの酸素と栄養が必要なため、傷の周辺の血管が拡張して酸素と栄養の供給量が増えるとともに、血管の透過性が亢進して細胞の修復に必要な物質の細胞への移行を促進させる反応が起こります。この反応は軸索反射による神経性炎症と呼ばれ、外傷により侵害受容器が刺激され、その刺激が枝分かれした神経線維を逆行性に伝わり、刺激を受けたそれぞれの侵害受容器から神経ペプチドと呼ばれる物質が分泌されることにより起こります。神経ペプチドには、血管を拡張させるカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)と、血管透過性を亢進させるサブスタンスPがあり、これらは神経細胞で生成され、神経線維末端に貯蔵されます。これらの神経ペプチドの働きにより、障害された組織に豊富な酸素と栄養が供給され、傷ついた細胞の修復が促進されます。

このような治癒反応を利用した治療法がトリガーポイント鍼療法です。
筋膜に生じた虚血性病変部に鍼刺激を加えて軸索反射を引き起こすことにより血流を増加させ、虚血によって障害されていた結合組織細胞の修復を促して、発痛物質の発生を抑制します。発痛物質が消失すれば、過敏になっていた侵害受容器は正常な状態に戻り、痛み(関連痛)は改善します。

(2)エコーガイド下Fasciaハイドロリリース

二つ目は、エコーガイド下Fasciaハイドロリリースと呼ばれる方法で、超音波診断装置を用いて筋膜を中心としたfasciaの病変を確認しながら、生理食塩水を注射して筋膜を中心としたfasciaをリリース(剥離とリラクゼーション)することにより血流不全を改善させます。(図4・5)
2年ほど前から行われるようになった新しい治療法です。

図4 生理食塩水の注射によるエコーガイド下Fasciaリリース①
図4 生理食塩水の注射によるエコーガイド下Fasciaリリース①
図5 生理食塩水の注射によるエコーガイド下Fasciaリリース②
図5 生理食塩水の注射によるエコーガイド下Fasciaリリース②

この二つの治療法では、まず痛みの原因となっている筋を正しく診断し、さらにその中の発痛源を確認することが最も重要なことです。
また筋膜の治療で効果が不十分な場合は、侵害受容器の存在する腱や骨膜、血管・神経周囲の結合組織などの病変も治療することが必要になります。

Fascia(ファシア)リリースについて

痛みは、痛み刺激が作用する侵害受容器(知覚神経から末梢に伸びた神経線維の先端)が分布している所でしか発生しません。
ヒトの身体の中で侵害受容器が分布しているところがFasciaです。

「Fascia」に相当する日本語は「線維性結合組織」で、コラーゲン線維や弾性線維などのタンパク質により構成された、中胚葉由来の支持組織です。

Fasciaは、筋膜以外に、靭帯、腱、腱鞘、支帯、関節包、動脈周囲のFascia、傍神経鞘、脂肪体、皮膚の瘢痕などがあり、これらが痛みの発生源となり、Fasciaリリースの対象となります。
このような理由から、「筋膜リリース」という表現を「Fasciaリリース」に改めました。

(3)筋膜性疼痛への交感神経の関与について

筋膜を中心としたfasciaの病変は筋膜性疼痛の発痛源ですが、多くの場合筋膜性疼痛の発症には交感神経緊張が関与します。
発症要因としての交感神経緊張を来たす原因として、心理的ストレス、睡眠不足や働き過ぎによる疲労、気温の低下などが考えられます。
著明な心理的ストレスや疲労は筋膜の治療効果が得られない要因にもなります。

その他、治療効果が得られない要因として、薬物の慢性投与(向精神薬、消炎鎮痛剤、ステロイド剤など)による交感神経や、基礎疾患の存在(甲状腺機能異常、糖尿病、貧血、体温の低下など)が考えられ、それぞれ対応が必要となります。

(4)健康保険適応を受けているトリガーポイント注射

図6 健康保険の適応を受けたトリガーポイント注射
図6 健康保険の適応を受けたトリガーポイント注射

ちなみに、現在健康保険適応を受けているトリガーポイント注射という治療手技がありますが、これはいわくつきの問題を抱えています。
本来のトリガーポイント注射は、痛みの原因となっている筋を診断し、発痛源である筋膜病変の部位に行う治療法です。

ところが、我が国の健康保険適応を受けているトリガーポイント注射は、本来の概念とは異なった定義がなされて普及しました。

平成6年、単価の高い硬膜外ブロックを減らす目的で、それまで局所注射として行われていた手技に代わって、その3倍ほどの単価で新たにトリガーポイント注射という治療手技が保険適応を受けたのですが、その際「トリガーポイント注射」は「圧痛点に局麻剤を注射する方法」と定義され、「患者さんが一番痛い部位を聞き、その部位に注射する」と解説されました。

患者さんが自覚している痛みは関連痛であり、発痛源の痛みではないので、この手技では十分な効果は得られません。

筋膜性疼痛

トリガーポイント鍼療法(鍼によるFasciaリリース)